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回鍋肉@松屋との、7年ぶりの壮絶な闘い

回鍋肉@松屋との壮絶な闘い

そうして闘いのゴングは鳴った

うん、あれは6月某日のことだった。ランチタイムを過ぎた昼下がり。

俺に残された時間はもう、あと一時間を切っていた。
俺はまた、あのリングに上がることになったのだ。

そう。 前回の伝説 となった死闘からは、もう7年以上が経っていた。
あれだけのパフォーマンスは、もう二度と出来ないと思っていたのに!

あと40分後には、俺は歯医者さんに行かなければならない。火急な治療が必要と、異議ありぃぃぃ!!! のごとく強烈に宣告されているのだ。

これは俺にとっては、を頭に突きつけられているのとほぼ同じ状態だ。人気の歯科において、再予約などは簡単に出来はしない。

つまりは、もうすぐ俺は、、口内にガツンと麻酔を打たれ、しまいには、きゅいーん、じゅぃぃーん、がりりり、ずぼずぼぼぅっつ、ングぐっぐわぅっ!!

・・・といような、この世のものとは思えない、地獄のサウンドのセッションを聴くことになるのだ。よし、バンドやろうぜ! やらねえよ!!

最新のキラキラした銀色の医療器具たち。それが乱暴に口内で踊りまくり、よだれが喉にたまるのを我慢しつつ、ひぃぃ 許してくださぃぃぃ、と心の中では思いながら叫びながら、だ。

しかし実際には、、「俺様はこんなの特に何でも無いけどね、なんだその程度かい?」 というような顔や仕草をしていなければ、すごーく恥ずかしい 場所なのだ。

もしも、なかなかの大人が怖くて涙目になったり、んあー!! とかうっかり言ったりしたら、もう消えちゃいたい位に恥ずかしいのだ。

松屋に入店

要するに、いま勝負をしなければ、このあとおそらく丸一日、何も喰えなくなるのだ。やるしかないではないか。

朝から何も食べてない空腹の状態にて都会をさまよい、倒れそうな足どりのまま、しかし再び、衰えない闘志を奮い立たせリングに昇ったのだ。

最も調理場に近い、カウンターの端に座る。浅い仕切りを隔てて、1m横には店員さんが常時何かをしている席だ。

入店後すぐ、いきなり敵の懐に深く入るという意表を突く行動。どうだ、恐れ入ったか。

当然だがこの奥の席は、料理が出て来るスピードは、最も速い位置だ。最短で飯を食うことが可能なのだ。

恐るべき合理性。最も時間を短縮して大切にする行動。もう勝ったも同然ではないか。

・・・・・。動きが急すぎたため、店員さんらに全く気がつかれずに座ってしまったようだ。それで、少し待ってから立って手を挙げて呼びました(笑)

忍者か俺は。


注文 ※注釈あり

ここは、期間限定の「回鍋肉定食」をノータイムで選択。キャベツが好きなのだ。味噌が好きなのだ。辛いものが好きなのだ。そうなると、回鍋肉は好物なのだ。ちなみに俺は、松屋で牛めしを食べたことがほぼ無い。結構、いやーな客なのかもしれない。

しかし、ずっと隠しては来たけれど、もう君に言わないとならないことがある。そう、君が好きだ。そんな気持ちを込めた声で、熟練度の高そうなお姉さんとしっかり目を合わせて、回鍋肉定食を注文した。

俺の告白に対する答えは思いの外、速かった。「はい、私も。」と聞こえたが、「タマゴとキムチどちらにしますか」とも聞こえた。仕事終わりに俺と飲みに行こうよ、という気持ちを込めて、温泉タマゴを選択した。

「うん、喜んで」と聞こえたが、「ご飯は大盛りにしますか」とも聞こえた。松屋の大盛り飯はかなり多い。余ったら困るので普通の盛りを選択。

贅沢は言わない、君と一緒に過ごせれば、ただそれだけで良いのだ。ようやく注文が終わり、愛の時間も終わったようだ。

試合開始

ここまでは試合ではない。試合前、前座としてのエキシビジョンの一幕の様子だ。

ついに試合開始である。ごはんと味噌汁がついている。

生野菜は、、無いな。あれ? 何故だ、忘れたのか? 開始早々、この俺を大きく挑発するとはどういうことなのか。これは只では済まさないぞ。

店内をぐるっと見ると、大きなポスターが貼ってある。この定食の写真があるな、うーむこの定食だけは生野菜は付かないのね。いやぁ危ない所だった、せっかく育み始めた愛を失うところだったよ。


まず、小皿に入った温泉タマゴを、中心部にそっと配置する。つるっと滑って端に動いていったり、ましてや皿から飛び出すような失態だけは、絶対に避けなければならない。


成功だ。ぷるっぷるのタマゴを頂点に綺麗に置くという、老練なテクニックを序盤から見せつける。既にスタジアム内は、俺が優勢なムードへと傾き始めた。さすがベテラン、慌てずにスタートアップして構成を作って来たな、という期待を持たせるのだ。

技の応酬

瞬時に全体を見渡すことができるのが、ベテランのファイターだ。

一気にホッカホカの湯気が登るオカズにかぶり付きたくなる若い情熱を抑え、ここは味噌汁の具を片付ける作業を始める。わかめと揚げ、なんか邪魔なんだ。わかるだろう兄弟。

「熱!」と心の中で叫びながら(辛うじて声には出さずに済んだ、ファインプレーだ)、一気にしなやかに、具の掃除をコンプリートする。

なんだと、 前回 と全く同じじゃないかって? な、なんだと、くっ、浅はかなバカ者があ! これは意図的な行為。ファイティングスタイルが不変であり、闘志も技の切れも衰えていないこと、それをあえて再現して見せつけているのだっ。

オーディエンスの興奮は高まり、期待値がじわじわと最高潮まで満ちていくのだ。・・・なんで松屋の味噌汁はいつもくそ熱いのだ。すぐ飲めるわけねえじゃんていう、、すっかり忘れてた・・・

この時点で既に、今回の闘いの戦略を組み立てていた。三段階で奴を追いつめるのだ。

(1)

とろり半熟卵に対し斜め45度に構えて鋭く、中心部を的確に狙い、一気に箸を刺し込む。ためらいは無い、今この回鍋肉は俺が自由にできる獲物。もうロックオンしたのだから。

黄色いほとばしりが流れ始める様を確認したのち、おもむろキャベツたちに黄色い液体を絡ませていく。




どうだ、このイエローとチャコールそしてグリーンの色、これらの鮮やかなコントラスト。勝利の旗を連想する、トリコロールだ。

己の大胆な作戦が順調に進んでいくことに、我ながら惚れ惚れする瞬間だ。

もう我慢できない。卵とキャベツを次々と口に運ぶ。辛く甘くとろ〜りとしている、うはー!たまらんでござるよ、ぐへへへ。ごはんは、味の濃さを中和する程度に、ちょっぴりづつ摘むのだ。

空腹により野獣のように荒んでいた心が少し和らいだところで、味噌汁をぐびっと飲む。あまりにも勢いよく下品に食べ始めたであろうことに気がつき、周囲の視線を少しチラリと確かめたりもする。

なんだ、他に客は居ないではないか。いろんな意味で安心する。

大将格であるはずの卵を先に屈させるという奇襲を成功させたことから、皿の中では、にんじん、豚肉、タマネギたちも身を縮こませ、次は俺らなのか、どう攻めて来るのか、と震えながら様子を伺っている。

さんざんフライパンの上での業火に耐えてきたのに、さらに追い打ちを駆けるとは信じられない! そんな悲痛な声が耳に届いてくるが、俺は攻撃の手をいっさい緩めない。

(2)

さらなる奇襲を重ねる。一瞬で刀を抜き、斬り掛かる。粉唐辛子のボトルを手に取り、皿の隅に向け、茶色いソースにクロスする形でまぶすのだ。梅雨の夜のごとく、しとしとと休みなく、じんわりと。鮮やかな赤色。見事だ。

まだだ、まだ足りない! ここはそもそも牛めし屋なのだ、あれが有る。紅ショウガ。ごはんの隅に、ワンポイントとして朱色を追加する。

きれいな白い本体のきわに、ほんのりと散った朱色。あの初めての日を思い出すよ。忘れないよ、君のこと。

いつしか遠くから、気がついたら君のことばかりちらちら見ていた。

放課後、アルバイト先で一緒のシフトになるたび、少しづつ距離を縮め、やがて隣に立って冗談を言い合えるようになった。そんな僕の気持ちに、実はずっと前から気がついていたのだ。

ある日の控え室で、たまたま同時間に仕事が終わり、二人きりになった。このチャンスを逃したらではない。

ぼくは自分の気持ちをストレートに、しかし、まわりくどくなりつつ伝えていた。お互い、この紅ショウガのように 頬を染めたね。ぼくらはその後。。。

も、も、もう、もうだめだー! もぉ、もおぉ、食べちゃう!! 

好き、好きだー!好きだっんだー!!

 ・・ガツガツ。


ものすごく気持ち悪い表情で、豚肉とキャベツをわしわし食べていた気がして、周囲の視線をこっそりと赤面しながら確かめたりする。

・・大丈夫じゃない気がする。いつの間にか店内には他に客が二人いた。いつから居たのだ、お前らも忍者なのか。とりあえず味噌汁をぐびっと飲む。

オカズの残りはもう、闘いが始まったときの四分の一ほどになっている。いつのまにこんな遠くまで来てしまったのか、なんというスピード感。

コーナーでもブレーキを使わずドリフト走行、いつしか全力の死闘となっていたのだ。

(3)

気がついたら、少量の肉とキャベツ、たまねぎだけだ。

しかし、ごはんはまだ半分ほど残っている。マジか。背後から誰かが見てたら、なんだこいつ、やけにバランス悪い食い方して、頭すげえ悪いんじゃねえか、っていう状態に。

違う。違うんだ。これも作戦のうち。・・・と言いたいところだが、ここまでアンバランスになるとは想定外だった。

しかしながら、ここで カルビのたれ という必殺技を出しては、前回と同じだ。お前のこの7年間は何だったのだ、今こそ新技を出すべきであろう。

そう。人というのは窮地に追い込まれ、土俵際に、崖っぷちにじりじりと追いやられてからこそ、大逆転の秘策を閃くものである。

小さなキャベツを口に入れ、仕方なくやや大きくごはんを摘まみ始めたときに、天空から目映い光が差してきた。俺は勝利を確信した。

ラストスパート

奇跡の必殺技

何度か、残り少なくなったオカズを取った所には、ぽっかりと空間が出来ていた。これを空白つまりは欠けた場所と見るのはたやすい。さっきまで有った、大切なものがもう無い場所なのだから。

しかし俺は、そこに宝の山がはっきりと見えていた。何も無いのではなく、新たな武器が現れていたのだ。

それは、回鍋肉のタレ、まさにそれだったのだ。本来、もっと序盤に気がつくべきであった。

しかし、多くのキャベツがまだ残っている段階では、その液体の存在をはっきり意識することは無い。

もし知っていたら、ごはんを大盛りにして階級を上げても圧勝できたはず。

あと2ハロン、最後の直線だ。先頭からは10馬身離されているが、充分に脚がまだ残っている。逃げる馬の脚が止まった。今だ、鞭を抜くぞ。

七味と紅ショウガをさらに追加する。誰も見たことのないような鮮烈な末脚。しょっぱめの汁をじゅるじゅると吸っては白飯をパクパクと。大外から一気に差しきった。


完勝



・・ぐはー! 食ったぞ!! 7年ぶりの圧勝だ!! 鮮やかに復活!!! 残った味噌汁を一口で飲み干す。ついでに、まだ汁がちょっと残っているので、それも皿を抱えてごくっと飲み干した。レース終了後のウイニングラン

もはや周囲の視線など気にならない。俺はこの闘いに、間違いなく勝ったのだ。英雄に対して、なんらかの罵声を浴びせる奴が居るとしたら、そいつが悪人だ。そうだろう兄弟。

おでこの汗を拭い、胸を張って外に出た。
「ごちそうさま!」

〜【続く】


ちなみに虫歯については、無事に治療をできましたが、、
涙目になりつつ、変な声を出しつつという、充実した時間を過ごしてしまい、恥ずかしすぎて逆になんか変に興奮しちゃうかと思う位でした。この偉大な英雄が、わずか30分後にそんな姿になるとは、お姉さんも僕も知る由は無かった、と。



※注記

松屋では原則、タッチパネルの自販機にて食券を購入してから、席に座り店員に渡すことで注文します。ほとんど日本語を話す必要がありません。

ただし例外があって、株主優待券を用いた注文するときは、口頭での注文を行う形となります。

(優待券は1枚につき、ダブル肉など特殊盛りのものを除いた、通常メニューの全てからの一品との引き替えが出来ます)

なので普通は、食券を買う操作の時間がそこそこ掛かるので、来店に気づかれないことはまあ無いと思います。

ですが、さすがに入ってすぐ席に座ると、タイミング次第ですが気がつかれない事もあり得る、ということですね。

誤解のないように言っておきますが、僕が行った松屋の店員さんのオペレーションには、何の問題もありませんでした。ただ僕が、速すぎる忍者だった、ということです。

なお、僕が忍者であることは秘密なので、ここだけの話です。もし直接に真相を聞かれても決して認めません。